美しい名前





 ――とくとく、
 ――とくとく、

 静かに、優しく脈打っている。
 圧迫しないようにそっとそれに耳を近付け、目を閉じる。
 子守唄のような音は脳内に響き、鷹斗は遠い過去に思いを馳せた。

 ゆっくりと意識が沈んでいく。

 楽しい思い出だけが残る、あの頃の教室。
 その窓側に鷹斗と彼女――が並んで立っていた。
 夕焼けの日差しがやけに眩しい。

「鷹斗」
「うん、何?」
「悩みでもあるの? 少し暗い顔をしてたわ」
「ううん。何でもないんだ」

 鷹斗は自嘲せるように笑う。
 は眉をひそめていた。
 苦笑し、視線を外に向ける。

 此処は鷹斗にとってあまりに優しく、そして切ない。
 本来ならさっさと現実に戻り研究を進めるべきだろう。
 しかし、たまにどうしようもない虚無感に襲われるのだ。

 自分が人間だと思えなかったあの時のように。
 だから自分を"人"にしてくれたあの頃の彼女に会いたかった。

 いや、逃げたくなるのだった。
 この色を失ったこの世界から。

「鷹斗?」
「あ、ごめんね」
「やっぱり様子がおかしいじゃない。今日はもう帰ったら?」
「嫌だ!」

 思わず、を抱き締めた。
 温かいような気がする。この温もりはいつの記憶なのだろう。

「鷹斗……?」

 ああ、ここにいるとたった一色だけとはいえ、世界に色がつく。
 あの日、自分だって子どもなんだと分かった時と同じオレンジが。
 君を、心から好きと思えた優しい光が。

(だからこそ、僕は此処にいちゃいけない)

 温かい熱を感じながら、ゆっくりと現実に覚醒していく。



 目の前にいる君は、あの頃より少し大きくなった姿。
 その瞼が開く時、一体どんな声で呼んでくれるのだろう。


……僕が、きっと助けるから」
(だから、その時は僕の名前を呼んで)


 ――その一言で、きっと世界は色付くから――

 



ここまで読んでくださってありがとうございます。
某アーティストさんの曲を聴いてひらめきました。
タイトルはその曲名です。
良い曲なので、一度聴いてみてください。

以前この曲はStome Loverの立夏君だなあと思っていたんですが、鷹斗っぽくもあるのです。


皆に言えることなんですが、鷹斗には幸せになってほしいですね。

流音
10.1214


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