少女四題
約30の嘘











泣いている真似



 泣いている姿は、とても美しかった。

「ここはどこなの、嫌、こんなところ来たくなかった」

 ある日突然やってきた少女。ふわふわの薄桃色のワンピースに白いストール。その出で立ちはまるで――。

 紺色の装束を身に纏った彼は、帰りたい帰りたいと泣く彼女の横に立っていた。
 実習を終え帰途をたどっていた際に彼女を発見したらしい。何でも桃の木の下に横たわっていたとか。
 栗色の綿雲のような髪を、あの人はそっと撫でていた。

 何事だろうと中庭に集まってきている学園の生徒たち。誰も気にしていないだろう。だって、彼女は”可哀想”だもの。
 ああ、私も一度くらいは泣いておけばよかったかしら。たとえ泣いている真似だって。
 涙は女の武器。一度は使ってやろうと思ったさ。でもここぞという時が無かったんだよね。残念ながら。






天使のなり損ない






 天野りこ。それが少女の名前だった。
 なんて可愛い名前なんだろう。

「りこ」

 久々知が象るその二文字。あまのりこなんて言葉、この世から消えてしまえばいいのに。心から願った。まあ、そんなの”神様”は叶えやしないだろうが。


 私は二十歳になったあの日、気付いたら此処に居たのだ。この忍術学園の門前に。身体は小さくなり、着物を着ていた。わけが分からなかった。
 居場所のない私はくのたまとなり土井先生のお世話となっていた。もちろんアルバイターとして一年の頃から活躍していた。
 六年になった今では高い賃金で雇われるほどだ。休暇中には料理もしていた。きり丸は姉さんと呼んでくれ、可愛い弟分だ。

 私の名前は土井。苗字には土井先生の名前をもらった。
 年下だが久々知が一年の時から目をつけ(言い方は悪いけど)、よく面倒を見ていた。精神年齢では十歳くらい年が離れているけどもそんなのは関係ない。
 せっせと豆腐で作ったお菓子を貢ぎ、もうそろそろ告白くるか!? というところまで好感度を上げてきたのに……。今ではどうだ、私と同じ世界からきた”りこ”とやらに横取りされたのだ。

 しかもたった一か月で忍術学園のカーストの頂点に立ったのだ。彼女が笑えば蕩けるたような溜息が、彼女が泣けば悲壮に顔を歪める男たち。馬鹿だー。
 確かに彼女は可愛いさ。その愛らしさと言えば、まるで天使のよう。
 馬鹿の一つ覚えで「帰りたい」と連呼していた天野は今では控え目に微笑むようになっていて。その微笑みはまるで桃の花。

 ”桃の精”だ? ”天女”? ”天の使い”だ?

「ばっかじゃないの」

 その存在はただの人間だっていうのに。ちやほやされているのも腹が立つ。私はどれだけ泣いたって誰も気づいてくれなかった。帰りたいと願ったって助けてくれなかった。
 お前だけが可哀想なんじゃないんだよ。

「馬鹿ばっかりだ」

 天野りこも、一人裏山で毒づいている私もな。





美しいレム


 



さん」

 控え目に咲く野花のように私の名を呼ぶ。皆を虜にした笑みを浮かべているが、私から見ればアルカイック・スマイルだ。
 この笑顔が怖かった。無視してしまいたいがそんな度胸もない。そんな私はアルカイックに見えないよう、ただ目を細めて笑うのだ。

「何かしら? 天野さん」

 ここはくのたまの長屋だ。この人は日々をにんたまの長屋で過ごしていたはず。この場にいるのが珍しいくらいだった。ってか、何勝手に人の名前呼んでんだよ。

さん、兵助君と仲良かったんですよね? 私、いつも兵助君と一緒にいるから邪魔ですよね……」
「そんなことないわ。私が忙しかっただけよ」
「そうなんですか?」
「ええ」

 胸を押さえて長い息を吐く天野りこ。あからさまにホッとした様子だ。
 いったい何を考えてこんなことを言っているんだろうか? 邪魔だと言えば久々知と接触しないようにしてくれるのか。

「あの、だったら」

 りこは私の左手をぎゅっと握った。え、勝手に触らないで。

「私と友達になってくれませんか!」
「嫌です」

 手を振り払おうとするが、ひ弱な見た目以上に彼女の力は強かった。力を込めれば彼女なんか軽く吹っ飛ぶんだろうけど、それをする勇気い。というか、思考が付いて行かない。意味不明。

「何でですか?」
「嫌だからです。それよりも、貴女の方がなんで――」
さんが好きだからですっ!!」
「は?」

 天野りこは電波でした、ありがとうございました。いやいやいや、ますます頭が回らない。まさに思考停止。え? もしかして学園はこの毒電波にやられちゃったの?
 むしろ今まで電波に憎しみどころか殺意抱いてた私ってなに。
 うるうるした目で見つめてくるりこ。うん、とりあえず逃げよう。

 土井、六年間学んだ実力を遺憾なく発揮し、逃げました。







すいすいナミダ







 私は天野りこ。この過去のような・それでいて捻じれている世界に来て一ヶ月経ちました。最初は現実が受け止められず泣いてばかりいましたが、状況は変わらず学園の人たちも良くしてくれるので立ち直れました。自分でもその速さに驚きました。
 気付いたら桃の木に倒れていました。ありえないですが、ありえてしまったので仕方ありません。偶然私を発見して下さったのは久々知兵助という忍術学園の生徒さんでした。信じられません。
 行くあてもなく、連れてきてもらった学園になし崩しにお世話になることになったんですが、 ある日突然人は冷静になるものです。少なくとも私りました。そして気付いたのです。これは、おかしい、と。
 学園の方たちには本当に親切にしてもらって感謝しています。しかし、自分で言うのもなんですがどこの馬の骨かも分からない”私”にここまで好意を抱くというのはおかしくないでしょうか?
 これではまるで私が特別な存在のように感じます。ですが何度も言うように私は得体の知れない人物なのです。それなのに、なぜ?
 そう思った途端にすべてが怖くなりました。

 笑顔で親身に接して下さる方々。私に害をなすことのない世界。
 全てが作り物のようです。

 心が壊れてしまいそうでした。でも、これに私が気付いたと知れたらどうなるのでしょう。そう考えると今まで通りを演じるしかなかったのです。
 私を学園に連れてきて以来、いっとう私を気にかけてくれる兵助君。そして五年生の人たち。いつものメンバーで他愛ない話をしていると、渡り廊下をくのたまの子が通りました。ちらっとこちらを見ましたが、何事もなかったかのように視線を前に戻したのです

「あの人は……」
「あ、先輩だ」
「本当だ。最近見かけなかったなあ」
「図書室にはいらっしゃるみたいだが、私がいない時らしいね」
「そういえば生物の方にも顔を見せに来ないな」

 先輩。初めて聞く名前でした。
 おかしい話ですが、私は学園にいる方ほぼ全員から好意を抱かれています。そして全員見たことがあると思っていたのですが、彼女は初めてでした。
 しかも間違いでなければ、先ほどの視線には私に対して敵意を感じました。

「どんな人なんですか? 会ったことないです」
「土井先輩はい組で、くのたまの最上級生だよ」
「読書好きでよく図書室から本を借りているね」

 そっくりな三郎君と雷蔵君が教えてくれました。
 土井先輩……そう復唱すると、兵助君が綺麗な顔を歪めて落ち込んだように呟きました。

「俺嫌われたのかなあ。気付いたらもう一か月も先輩のおやつ食べてないし」
「おいおい、土井先輩=おやつか。それはひどいんじゃないのか。まあ、僕も会ってないが」
「いや、もちろん先輩に会っていないのが一番悲しいぞ?」
「それは後付けだろ、どう見ても」
「八……落ち込んでいる人間にただ突っ込みしかしないというのは人間としてどうなんだ」
「そうだな。ごめんな、きっと土井先輩は豆腐のおやつを考えるのに忙しかったんじゃなかろうか」
「ああ、そうか! 次のおやつが楽しみだな!! 先輩の豆腐のおやつ……!!!」
「やっぱりおやつじゃないか」

 八君のフォローに兵助君が豆腐の世界にいきました。あ、八君も遠くを見てます。

 聞いていると私がこの世界に来る以前、土井さんは五年生とよく交流があったみたいです。
 今交流がない、そして先ほどの敵意。どうやら私が原因のようですが……わいわいと騒ぐ四人はそこに気付きません。
 その日から、色んな人にさんの話を伺いました。そしてたまに見るさんの様子を見て思ったのです。
 彼女なら、本当の私を見てくれるかもしれない。この意味の分からない世界から助けてくれるかもしれない、と。











 


 
 ***






 疑心暗鬼に陥った少女が見つけたものは、自分を愛さない一人の少女でした。
 勇気が出ず傍観を決め込んでいた少女に付きまとったのは、皆から愛されていた少女でした。
 少女がと一緒に居る時、それはそれは嬉しそうで。最近何かに脅えていた様子だったのが嘘みたいに、心からの笑顔を取り戻していきました。
 少女がりこに付きまとわれていた時、最初はひどく嫌悪感むき出しだったのが、今はげんなりとしながらも相手にしているようです。

 少女と少女が別れる時、どちらも泣いたのはまた別のお話。









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 あとがき
 ずっと書きたかった傍観夢です。途中めちゃくちゃはしょったらすごい意味わからん話になりましたが。
 連載にする力もないし、連載にしたらしたで完結できませんし。これで満足です。

 久々知夢にしようと思ってたのにおかしいなあ?

 2009.11.07

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