――バラのためになくしたじかんが、 きみのバラをそんなにも大事なものにしたんだ―― <『星の王子さま』のキツネより引用> Thinking Out Loud 四年。 たった四年ともいえるが、私にとっては空虚な日々だった。 最初は、忘れてしまえば日常に戻れると思っていた。 見つからないように息を潜めて、知らない国の知らない町で暮らす。お金だけは株や投資で稼いでいたから、それらを売ってしまえば十年は堅実に暮らせるだけ有ったし。 誰に言っても信じてもらえないであろう”前世”。そこで繰り返した大切な人を失うだけの人生。もう、二度と恋はしないと思っていたのに。 穏やかな日々を送る間に変な自信が湧いてしまったのだ。 ――今度こそ大丈夫。ディーノと恭弥が居れば、人生を全うできる―― しかし、人間とは臆病な生き物。 人生で最大の祝福を受ける、その目前で私は怖気づいてしまった。 私は弱い。 恭弥みたいに頭が良くなければ運動神経だって並。アドバンテージはこの精神だけだが、大人になれば皆成熟する。 平静を装って隠していた本音は”失うのが怖い”、ただそれだけだった。 打ち明ければ何か変わったのかもしれない。信じていなかったわけではないが、突拍子すぎるだろう。 ――愛している―― これは言い訳にしかならない。 尊い気持ちを捨てでも、失うことが怖いあまりに逃げてしまった。 その方が皆幸せになれると思ったのも独りよがりだったと、今なら言える。 草壁から一年に一度近況が来る。 『ディーノ様と恭弥様はいつまでも待っておられます』 毎年繰り返される最後の一文。 馬鹿な私は「もう忘れたら良いのに」と呟きながら安心して泣くのだった。 しかし、もう涙も枯れ果てた。 よくよく考えたらこの事態を招いたのは他でもない私自身。何で泣くのか。自業自得だろう。泣きたいのはあちらの方だ。 花嫁に逃げられただけでなく、ファミリーの前で恥をかかされたのだ。ディーノと恭弥の優しさに付け込んで、面と向かって別れを告げられなかった私の責任。 きっと優しいディーノはいつまでも待つのだろう。 自惚れでもなく、彼は私を愛していた。愛される喜びを思い出させてくれた。 そんな彼だからこそ、次へ進んでもらわなければ。 だから、こうして私は厚顔無恥にも並盛町へと帰ってきたのだった。 「相変わらず、ここのコーヒーは美味しい……」 お気に入りのカフェでまったりなー。 ここずっと辛気臭い事を考え続けて、柄にもなく参ってしまっていた。 息抜きも兼ね、以前通っていた本屋で見繕った小説を開く。 昔ながらの、お洒落にカフェと改名したが中身は古い喫茶店のままの内装。このシックな雰囲気が落ち着き気に入っていた。 私を覚えていたマスターは、前の通りからは見えないいつも通り奥の席へ通してくれた。 何度か一緒に来てはここのオムライスをディーノと一緒に食べたこともあった。 その都度彼は言った。 「初めて作ってくれたのオムライスの方が美味しい」と。 少しセンチメンタルになりながら、コーヒーをもう一口頂く。 本のページを捲る音と静かなクラシックが気持ち良い。 ――Love does not consist in gazing at each other, but in looking together in the same direction.―― 文中で目に留まった引用。 星の王子様の作者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの名言だ。 直訳すると、 ”愛する――それはお互いに見つめ合うことではなく、 一緒に同じ方向を見つめることである。” そう。私は本心を明かすことなく、一人違う方向を見てしまった。 己に言い聞かせるように、小さな声で呟く。 「Love does not consist in gazing at each other, but in looking together in the same direction.」 「――そう思うなら、何故俺から離れていったんだ」 「……ディーノ……」 思いがけない登場で、ただ名前を呼ぶしかなかった。 どこから走ってきたのか、記憶より更にカッコ良くなったディーノは、肩を大きく上下させ荒い息をしている。 ジッとこちらを見つめるカフェのマスターには”知り合いだ”と目線を送っておく。 「とりあえず、席に着いたら?」 立ったままでは話もまともに出来ないだろう。 彼もそう思ったのか、大人しく席に着いた。 「マスター、彼にもコーヒーを一つ」 準備をしていたのだろう。注文するとすぐにテーブルにカップが置かれた。 ややこしい気配を察知したのか、特に声をかけずカウンターへ戻っていく。 ディーノはそのままブラックでカップに口を付ける。その洗練された仕草は昔のままだった。 ――コトリ。 僅かな音のみ響く。店内のクラシックももう耳には入らない。 彼の光の加減でゴールドにも見える明るいブラウンが私を射抜く。 「」 「ええ、話すわ。私が何故貴方から離れたのか」 「そんな事はどうでも良い……今も俺を愛しているか?」 面食らうとはこの事か? 真剣な眼差しが、表情が、彼がまだ私を愛していると伝える。 「Ti amo」 恥ずかしがらず、ダイレクトな言葉で愛を囁く。 その瞬間、フワッと彼は微笑んだ。 「なら、良いんだ」 「え。なんで逃げたとか、理由は聞かないの?」 「が居なくなった時は何かの事件に巻き込まれたのかと思った。 心配して、守れなかったと後悔し始めた時に手紙が届いて、お前の意思だと分かったから……。 俺はが無事でいてくれたら――それでいいんだ」 何だその仏みたいな慈悲の心は。 あんなに酷い仕打ちをしたのに、とヒロインチックなおかしい方向に思考が乱れ始める。 でも、伝えるって決めたから。 「怖かったの」 ポツリ。恭弥にも明かした事のない本心。 ディーノは静かに頷いて、話の続きを促してくれる。 「私は生まれてきてから恭弥以上に、家族以外に大切な人を作らないって決めてた。 血の繋がりは最初から繋がってるから大丈夫って。無くさないって。 でも、ディーノと出会ってしまった。貴方と過ごす日々が、私の心にあった”恐れ”を宥めて、安心させてくれたの」 前世〜〜も言おうと思ったのに。やっぱり私は相当チキンになったみたい。 「けど駄目だった。結婚して貴方と家族になったら失ってしまう。 私はいつもそうだったから。もう失くしたくなかった……! ディーノを、恭弥を、私を大切にしてくれる人達を……! 愛している貴方がいなくなったら、今度こそ私は耐えられない。 だから私は卑怯にも自分からいなくなったの。 ……私がいなくなる、ディーノの気持ちも考えないで。ほんと最悪だよね」 テーブルの下でぎゅっと拳を握る。 恭弥の姉として生きてきて、初めてここまで感情を露わにした気が。ヒートアップするのが止められなくて、最後には自嘲気味に余計な一言を加えるし。恥ずかしくてディーノの顔が見れない。 「最悪だ」 険のある声。 だよね、と返す声が震える。 ガタッと席を立つ音が響く。 自分勝手な私の言い分に、きっとディーノが呆れたのだ。これで良い。もう彼は前へ進めるだろう。 俯いたまま目も閉じて彼の足音を聞いていた。 「の気持ちに気付けなかった俺自身が、な」 背中に数年ぶりの温もりが。耳に声が。 ディーノの腕がそっと私を包んだ。 「ディーノ……」 「もう言葉はいらない。は俺を愛してる、俺もを今もずっとこれからも愛している。 ”恐れ”はきっと無くならない。でも、俺もその”恐れ”はあの時感じたんだ。お前が教えてくれた。 だから、きっと、”恐れ”は無くならなくても”分かち合う”事は出来るから……」 「うん。ごめんなさい、本当にごめんなさい、ディーノ―――――愛してる」 ぽたぽたと絶えず涙が流れてくる。 ディーノの優しい声が、気持ちが私の心ごと温めて続けてくれる。 震える身体を叱咤し立ち上がる。 顔を上げると、透き通ったブラウンが。こんな私を愛していると見つめてくれる。 止まらない涙が更に溢れてきて。ぐしゃぐしゃの顔を隠す様にディーノに抱き着いた。 「ディーノ、ディーノ、ごめんなさい、だいすき」 「ああ、俺も。ずっとずっと愛してる。これからも」 直接的な言葉を伝えたことは少ない。 でも、飾らない言葉こそ私には必要だったんだ。 もう伝える事を恐れない。怖がらない。 私は思っている事を皆に伝えてこなかったから、寂しいよ、怖いよ、離れないで、そんな気持ちが溜まっていったんだ。 「ディーノ、私は心から貴方を愛してる。失くしたくない。 でも、もしも、貴方がいなくなったらどうすればいいの」 どうしようもない。誰にもどうすることもできない。それこそ、神にしか。 怖がるだけ時間の無駄だった、そう思いながらも不安は無くならないだろう。 「俺はいなくならない。ずっと、ずっとを守り続ける。 その不安な心さえも抱きしめ続けよう。二人で、前を向いて歩くんだ――」 ギュッとどちらともなく抱き合う。お互いの鼓動が感じられるくらいに強い力で。 ――願わくば、死がふたりを分かつまで共にありますように―― 神様に最後のわがままを……。 ***************** その後、カフェを出た私達は手を繋いで風紀財団のアジトへ向かった。 私達を見送ったマスターが、店の札を閉店にしてくれていたようだ。後でお礼をせねば。 アジトのドアを開けると、そこには腕を組んだ恭弥が待ち構えていた。 その後ろで草壁が申し訳なさそうな顔をしている。 「僕に秘密で、よくも草壁を使ってくれたね。何か言うことは?」 「恭弥それは……」 前に出ようとするディーノを制す。大丈夫。私は恭弥のお姉ちゃんだからね。 「弟の物は姉の物。それを使って何が悪いの?」 恭弥と同じように腕を組む。 ん?と顎で合図すると、恭弥の表情が少し緩んだ。 「もう大丈夫みたいだね。本当に世話の焼ける姉だよ」 「うん、ありがとう恭弥」 お互い組んだ腕を離し、そっと歩み寄る。 「結局、そいつと結婚するの? なんなら誰か紹介するよ」 「ディーノが良いの。四年も待っててくれたしね」 「ふぅん。あと三年待たせたらいいんじゃない。僕達ちょうど二十五歳になるし」 「オイオイ」 奔放な恭弥の発言に慣れたようなディーノの突っ込み。 ――恭弥も許してくれたんだ。 「ごめんね恭弥、ずっと一緒にいようね」 「当たり前。今度約束破ったら……噛み殺すよ?」 返事の代わりにギュッと抱き締めた。 恭弥は腕を腰に添えるだけ。照れ屋な大好きな双子の弟。 「ありがとう」 ディーノ、恭弥、これからもよろしくね! ――世界シリーズ リボーン編 完―― ================= 大変長らくお待たせしました! 突貫ですが、やっと完結させることが出来ました。 私事ですが、来年に結婚することになったので。 ディーノと主人公を幸せにしないと、私も幸せになれない! というか彼らの方が先だ!と勢いで書きました。 「Thinking Out Loud」のタイトルは、管理人の大好きなEd Sheeran(エド・シーラン)の楽曲名から。 意味は「ひとりごとを呟く・思ったことを口にする」的な感じです。 素敵なウェディング・バラードなので、一度和訳を調べてみてください( *´艸`) 2017.6.12 流音 home |