――――彼を初めて見たのは稲羽中央通り商店街。真っ直ぐに伸びた背中が印象的だった。






春の末路に名前をあげる







 今日は6月28日。雨のち曇り。
 学校が終わり、部活もしていなかった私はすぐに四目内堂書店へと向かった。大好きな【弱虫先生】シリーズ第二弾の発売日だったのだ。
 店前に平積みにされた【弱虫先生、お金に困る】の一冊を手に取り、他の本に目を移さずレジで購入する。
 この書店は小さいのになぜかマニアックな本が多い。しかも面白いのだ。財布が軽い私には目の毒。
 ちなみに。最近は【漢の世界】シリーズが気になってたりするけれど私に買う勇気がない。今度幼馴染に頼んでみようと思う。

 本の入った紙袋を手に抱え、嬉しさを噛み締めながら店から一歩踏み出す。
 その時、今回はどんな話なんだろうなぁとか考えていた私の思考は一変した。


 ゆっくりと、まるで世界が海に沈んでいくような。
 ビデオ再生ならスローモーション。人なら眠りにつく瞬間。機械なら起動していく様。


 慌てて今横切った人を目で追う。
 綺麗な銀色の髪と私と同じ高校の制服。肩には竹刀袋をかけている。
 私は店の前から彼の後姿が見えなくなるまで眺めていた。
 横顔を覚えていないことに気付くまで。この日はそのショックで【弱虫先生】を読む気力がなかった。





 翌日、友達―水城―に昨日あったことを話すとなぜか驚かれた。その理由はあんなに楽しみにしていた本を、まだ1ページも読んでいなかったから……らしい。失礼な。
 銀色の髪がキーワードだったらしい。あんな不思議な体験を私に経験させたのは2年生で名前は月森孝介――4月に2年2組へ転校してきた――。
 是非とも覚えることのできなかった顔を見に行きたい。 
 水城にそう強請ると、惣菜大学のビフテキ串で頷いてくれた。

 放課後。HRの終わる早さだけが人気の担任が「礼」と言った。
 私は水城と共に廊下を駆けた。
 3年間で一番早く走った瞬間だったと思う。

 2年2組はまだHRの途中だった。私たちはこそこそとドアの窓から教室を覗く。
 モロキンに見つかったらまずいので本気で気配を消した。もちろん根性で!
 水城のジェスチャーを解読し、教室全体に目をやった。


 ――――はっと息が詰まる感覚。


 その横顔を認識し、記憶する。



「見つけた」



 小さく小さく呟く。
 そして私と水城はモロキンに見つからないようにそっと学校から出て行った。





 以来、私は商店街やジュネスで月森君をたびたび見かけるようになる。
 もちろん学校でもだ。
 単に今まで意識していなかったからかもしれない。そう、突然目に入るようになったのかも。
 でも理由なんてどうでもよかった。

 彼の雰囲気は人を惹き付けるけれど、どこか脆く感じる。
 その姿を見るだけで安心するのだ。


 月森君が笑ってて、友達と居て、たまに声が耳に入ったり、偶然すれ違ったり――――それだけでとても幸せ。


 水城に言ったら失笑されたんだけどね。次に心配されたけれど。





 気がついたらもう冬だった。
 楽しそうだった月森君の表情は暗くなり、冬空と同じでどんより重い。
 外で見かける回数が少なくなっていく。
 それとともに、しんしんと私の心も苦しくなっていく。
 行動しなかった結果、私は月森君のことを詳しく知らない。

 自室の窓から外を眺める。空には三日月。所々雲に隠されているが淡い光を放っている。
 ベッドに座って考えた。
 月森君のことは知らないけど知っている。
 悩んでいる顔や何か思いつめた様な眼差し。でもどれだけ時間がかかったってその後には笑顔があった。
 彼には私に水城が居るように大切そうな友達が何人もいる。
 きっと大丈夫。大丈夫、きっと。
 
 毎日私は祈った。月森君がまた友達と笑えるようになりますように。ただそれだけをひたすら祈った。





 数ヶ月後、笑い合う月森君たちを目撃した。
 肩の荷が下りたというのも変だ。変だけど、 良かった。本当に良かった。
 それから少しずつ幸せを噛み締める日々に戻って行った。相変わらず水城には渋い顔されたが。





「あんたの愛しの月森君、いなくなるわよ」



 その言葉にショック……は受けなかった。
 水城のあきれ顔はスルーして――私は水城の言葉に納得したのだった。
 最近の月森君達の様子もおかしかったし。



「結局あんたはなーんにも行動しないのね……」
「今さらだし」
「立派なストーカーだこと」
「ストーカーじゃないですー。月森君愛で隊です」
「あほか」



 脳天チョップは痛いぜ水城よ。
 痛みに悶える私に耳打ちする水城。もしかして大人しくするためにチョップしたとかじゃないですよね。
 耳から入ってきた言葉に思わず水城の顔を見る。
 にんまりと笑った顔に、ありがとうと呟く。そして私は初めて水城の前で泣いた。







 月森君が去っていく。
 彼を見送る人たちのずっと後ろから私は見送る。
 遠くなる姿。
 月森君と目が合った気がした。気のせいかもしれない。嬉しくて悲しい。
 自然に表情が柔らかくなる――いつのまにか笑っていた。すると彼も笑った。大好きな、私の大好きな幸せそうな微笑みだった。

 それからのことはあまり覚えていない。ただずっと見送っていただけ。
 気が付けば回りを月森君の友達に囲まれている。
 そして私はまた泣いていた。
 みんなで泣いた。




 


 数日後、号泣した一件で親しくなった私と月森君の友達。
 月森君と同じクラスの花村君と千枝ちゃんと雪子ちゃん。
 後輩のりせちゃんと直斗君、なんと私の幼馴染の完二。
(完二については今まで目に入ってなかったっぽい) 
 そして謎の多いクマ君。

 みんなにはいつか話そうと思う。
 ――――ただ、静かな恋だった、と。




































 後日、みんなに連れられて行った家で奈々子ちゃんという子から手紙をもらった。
 月森君からの手紙だった。それを読んで私がまた号泣することになる。




=========================================
タイトルはSBYさんからお借りしました。

名前変換ないですね!
そしていつも通りあんまりキャラとの絡みがない。
「ただ、静かな恋だった。」というフレーズが書きたかっただけなのでぐだぐだです。
でも久しぶりに文が書けて楽しかったです!

流音
2008.11.22

home