(約束の時間に遅れる……!)
焦って玄関を開けると、ちらちらと雪が降っていた。
キッチンからお母さんの声がわたしを追ってきた。
「今日雪降るらしいわよー」
もう降ってるって。そうツッコミを入れる時間さえ惜しく、急いで傘を片手に持つ。
「行ってきます!」
傘をさすのさえ億劫だった。
彼との初めてのデート。
遅刻は確定。だけど少しでも早く着くように、祈りを込めて玄関を飛び出した。
「好き」のひとこと
彼の計画とやらは順調に進んでいるらしい。
部活のない日は一緒に帰ろうと誘われたり、移動教室とかですれ違うときに声をかけられたり。
告白されたからには、わたしだって日吉君が気になるわけだ。
ほぼ毎日顔を会わしていると嫌でも親しくなる。(嫌じゃないけど!)
しかもわたしは日吉君に惚れている。
恥ずかしくて伝えられてないけど。
とにかくわたしだって、満更でもないわけだ。
ちゃっかり携帯番号を交換して数週間後。
初めて彼の名前が画面に表示された。
「もしもし。先輩、クリスマスは暇ですか?」
名乗ることもせず、常に一直線な日吉君。
もちろんわたしは暇ですよ。
そんなの言えないけど。
「え!?……な、なんで」
「何でって。暇じゃないんですか?」
”クリスマス”の単語にドギマギしながらも平静を装ってみる。
「暇と言えば暇だけど――」
全然装えてなかった……!!
暇と言えば暇だけどって、要するに暇じゃん。
意味不明なこと言うんじゃない、わたしの口!
「暇なんですね。よかった」
「――うん」
いつも冷静な日吉君のちょっと珍しい安心した声色。
もしかしたら、心配していたんだろうか。
クリスマスにわたしが用事を入れていたかもしれない、と。
「先輩」
「はい?」
自分の都合のいいように想像してたら急に名前を呼ばれて。
気の抜けた声を出してしまった。
「今年のクリスマス、俺と過ごしませんか」
電話がかかってくる前から予感はしていた。
今までだったら友達とカラオケボックスにこもって騒いでたクリスマス。
だけど、これからはひとりじゃない。
思っていたより何倍も嬉しい言葉だった。
「先輩?」
返答のないわたし不審に思ったのか、少し不安そうな声が耳をくすぐる。
いつもは年上のような態度なのに、今は十分年下に思えるから不思議。
大丈夫。
君が思っているよりも、わたしは君に首ったけなんだから。
「よろしく、若君」
そのとき、わたしは初めて彼の名前を口にした。
***
デートだから、と気合を入れてセットした髪が乱れていくのがわかる。
だからって立ち止まれない!
ブーツが何だ。捻挫したって足を引き摺って行くさ。
もう頭の中は”遅刻”の二文字でいっぱいいっぱい。
誰よ。
気分を落ち着けるために声優のCD聴こうって考えたのは……!
――――わたしだよ!
むしろ逆効果だったCD作戦。
雪は積もるほど降らないみたい。
待ち合わせの場所まであと少しだ。
走るスピードを少しずつ落とす。
それに合わせて息も整えようとするけど、久し振りに全力疾走したせいか中々整わない。
通りの角を曲がると広場のやや端の方に若君が立っている。
彼は携帯の画面を見て、顔をあげた。
早足で向かってくるわたしに気付いたみたいで、少しだけ表情を緩めてこっちに歩いてくる。
綺麗に飾り付けのされたツリーの前で、わたしと若君の足は止まった。
「遅くなってごめんなさい!」
本当に申し訳ない!
わたしは顔の前で手を合わせながら謝った。
「三十分弱の遅刻ですね」
「ほんとにごめん……」
オーバーした時間を言われ思わず項垂れた私を見て、若君は喉の奥で笑った。
笑う若君、というのが想像つかなくて目線を彼に向ける。
――――目を細めて口を少しつり上げる。とても優しい笑みだった。
「気にしてませんよ。急いで来てくれたんでしょう? ほら、こんなに髪がくずれて。雪だって積もってますよ――」
言いながら、若君はそっとわたしの頭に手を伸ばす。
溶けかけた雪を掃って、もう片方の手でわたしの手を握る。
「さ、いきましょう。今日一日俺と過ごしてくれるんですよね」
「うん。喜んで」
若君のあたたかさが手からじんじんと伝わってきて、心も温かくなった。
わたしは自然と笑顔になり、ぎゅっと指を握り返した。
今日のプレゼント渡すときに言っちゃおうかな。
わたしも君のことが好きだよって。
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