秘密の部屋





『秘密の部屋って知ってる? とっても気まぐれで、めったに入れないんだって』


 動物が人間になる学校――化アニマル専門の盛森高校に入学した福田ねこはそんな噂を耳にした。
 福田ねこは名前こそねこだが、れっきとした人間。
 最初は戸惑ってばかりだった。
 しかしさすがは福田ねこ。
 ねこは持ち前の明るさで一見人間に見える動物に囲まれた生活にも馴染んでいた。


「気まぐれな部屋かーみぃ子、気にならない?」
「ならない」
「…………だよね」


 みぃ子はまったく興味が湧かないらしい。
 今はねこの頭上でくつろぐので精一杯だ。


「でも、フネが探すなら私も探す」


 結局一緒に探してくれるらしい。
 いかにもみぃ子らしい言葉に、ねこは笑みを漏らした。



「にしても、いったいどこにあるんだろ? さっそく明日探してみようか」
「ん」




 *




 午後の授業も終わり、ねこはみぃ子を連れ校舎中を歩いた。
 なるべく知らない道を行こうとする。けれど入学して二ヶ月も経っていないねこにとって、知らない道の方が多い。
 ぐるぐると歩き回っているのに飽きたのか、みぃ子はねこの頭上から飛び降りた。
 鼻先をひくつかせながら走っていくみぃ子。
 ねこはその後を必死で追いかけた。

 
 
 ようやく追いついたねこ。
 ――それもつかの間で、みぃ子はまたも駆けて行く。
 みぃ子が駆け、ねこが走る。
 数回その動作を繰り返すと見知らぬ場所に出た。
 草が鬱蒼と生い茂り、精悍な樹木が取り囲んでいる。
 そしてその中央に古びた小屋が建っていた。



「これって何の建物だろ……? みぃ子、知ってる?」



 みぃ子からの返答はなく、反対に威嚇の声が聞こえた。



「みぃ子?」



 声をかけるとみぃ子はねこの背後に回った。



「おや、怖がる必要はないだろう。君に危害を加えるつもりなどないというのに。ひどい子だ」



 やや芝居がかった声が辺りに響く。
 ねこはみぃ子を胸に抱きよせた。



「ふむ。君は僕に用事があるのかな?」
「え、いや、は、はいッ」
「そんなに緊張することはない。それにしてもその返答では肯定なのか否定なのかよく分からないな。とりあえず……入るか?」
「やだ」



 不思議な空気を纏った少年の言葉にみぃ子は間髪を容れずに答えた。
 カスタードのような髪を揺らし少年は笑う。



「それは残念だ。美味しい美味しい特別があるというのに」
「入る」



 食べ物に釣られ、あっけなくみぃ子は己の意見を覆した。 
 さわさわと風が流れる。
 視覚で風は捉えることはできない。
 それは理屈に過ぎず、風でざわめく木々に目を向ければ容易に捉えることができた。

 少年の持つ絹糸は風と絡みあい、風船のように揺れている。



「ようこそ、秘密基地へ」



 小屋だと認識していたそこには生活できる空間が広がっていた。
 一見してペンションのような趣きに、ねこは目を輝かせる。



「かわいい部屋ー」
「褒め言葉として受け取っておくよ。さ、適当に座ってくれ。そして君。君はこの菓子を食べるといい。とても美味しいぞ」
「ありがとう。みぃ子、お礼言わなきゃダメだよ」
「どーも」
「ふむ。どういたしまして」



 感謝の欠片もない言葉にさえ落ち着いた態度をくずさない。
 見た目は少年でも、彼は大人なんだ。ねこは表情を緩めた。

 温かい気持ちに紅茶が重なって、もっと温かくなる。
 ティーカップに描いてある梟の絵と目が合って、笑みが零れた。



「さて、落ち着いたところで。さっそく本題に入ろうか」
「え?」
「ここに来たということは、何か悩みがあるんじゃないかな?」
「悩み……」



 唐突だ。
 そもそもねこがこの場所に辿りついたのは偶然。
 みぃ子の後を追ってきただけである。
 それに探しているのはこの少年の家でなく噂で聞いた秘密の部屋だ。



「悩みっていうか、秘密の部屋を探してるんですけど」



 少年は穏やかに言った。



「秘密の部屋というのはここだろうに」
「……え」
「最初に言っただろう。ようこそ、秘密基地へ、と」





 *




 秘密基地。秘密の部屋。気まぐれな部屋。
 この家にはさまざまな呼び方があるらしい。
 そして謎の少年――は、住んでいるという。通称秘密基地に。
 なぜ寮ではなく、と尋ねたところ彼はあっけらかんと答えた。

 それが僕の仕事だから、と。



「みぃ子君は眠ったよ。君の声は聞こえない。悩みをどうぞ?」
「だから、悩みなんてないって」
「嘘はいけない。君の心は話したがっているんだ。打ち明けたがっている」
「う…………」



 否定できない。
 この部屋というか家というか。ともかく足を踏み入れたときからおかしかった。
 温かくて落ち着くのに。妙に心の奥底がうずうずする。
 何もかもぶちまけたい。話したい。すべてを語りたい。
 そんな気分になってしまう。
 でも、言っちゃいけないって。先生に怒られるし。

 何より、この学校にいられなくなってしまう可能性がある。

 知っている人もいる。
 だけど、この人はまだ会ったばかりで。他の人に言うかもしれない。



「僕の仕事なんだ。遂行させてくれないかな?」
「仕事?」
「そう。この秘密基地に辿りついた子どもの相談相手になること。よほど特殊なストレスを感じている子じゃないと、ここには辿りつかないんだけどね」



 福は溜息をついた。



「皆学校生活がうまくいってるみたいでね。めったに人が来ないんだよ。だから暇……じゃなくて、仕事が進まないのさ」



 大げさに語る福に、ねこは気持ちが軽くなった。
 確かに悩んでいた。
 誰かに話したかった。



「私、人間なんだ」



 みぃ子には言えない。
 その罪悪感を常に感じていた。
 ねこのことを知っているのは、同じ人間の子とその同室の狐。それだけ。



「私、人間なんだ」



 繰り返しねこは言う。
 罪の意識? 後ろめたさ? 罪悪感?
 すべてが重なり合って、何度も口ずさむ。



「私、人間なんだ」



 そのようすを黙って見つめる福。
 懺悔には程遠いその懺悔。
 ねこはもう一度呟くと俯いた。
 福はねこの使ったティーカップを一度水で軽く濯ぎ、紅茶を注ぐ。
 それを小皿に乗せ、ねこの視線の先へ差し出す。
 ねこが受け取るのを確認し、福は喋りだした。



「ねこ君は人間か。名前がねこ君だから、猫だと思ったよ。じゃあ僕は何か当てられるかな? 当てられたら君に良い物をプレゼントしよう」
「あはは。それ、みぃ子にも言われた! 空君は……兎!」
「残念。違うね。というより、どこが兎なのか理解できないが」
「え、何か不思議の国のアリスの時計持ってる兎っぽいし」
「よけい理解しがたいぞ……」



 他愛無い会話で、曇りから晴れになる。



「じゃあ…………」



 他の選択肢を探す。
 何気なく見たティーカップ。そこに描かれていたのは。



「――――梟――――」



 おや、と福が声を漏らす。
 どうやら正解のようだ。



「大正解だ。そんなねこ君には鍵をプレゼントしよう」
「わー、何の鍵?」


「由緒ある秘密基地の鍵さ」





 *





 風が吹き抜ける。さわさわと心を通り抜けて。
 ねこがもらったのは数分前までいた秘密基地の鍵。



「いつでも来て良いって。みぃ子、また明日も行こっか」
「フネが行くなら、行く」



 秘密の部屋に住んでいるのは梟。
 役割は秘密の部屋を見つけた人の悩みを聞くこと。

 明日、ねこは学校で言うだろう。



『秘密基地って知ってる? そこの紅茶はとっても美味しくて、答えは手の中にあるんだよ』










はこぶね白書の主人公ねこの内面について書きたかったんです。
普段は明るくて元気で、前向きなねこ。
でも心の奥底では中学校でも感じていた疎外感を秘めていそうで。
中学では成績について悩んで、高校では人間について悩んでる。
けっこう悩みの多い子ですよね。
紅茶でも飲んで落ち着いて欲しかったんです!
(私はあまり紅茶飲めませんが)

2006.10.22

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