ふたりで朝日を






 澄んだ空気が鼻の奥をくすぐる。
 世界がはじまる緊張と濃厚な酸素が身体を巡り、目が覚めた。
 背中に感じる温もりを起こさないようそっと身を起こし、ベッドから抜け出す。
 数歩先にある窓に近づき、カーテンの隙間を指で広げる。
 広がる世界は今だ闇に包まれ、光はまだ見えなかった。

 僅かにシーツのすれる音が聞こえる。
 視線を向けると一夜共にした黒いパジャマを着た人物が目に入った。
 一夜共にした。妖しい響きだが、実際は一緒に寝ていただけである。


、起きてたの」


 気だるげに聞く少年の質問を華麗にスルーし、はベッドに再び潜り込む。
 は外気に長いこと晒されていた指で少年の顔を触る。
 どことなく野性的な雰囲気の少年は、その綺麗な顔を歪めた。


「そんな冷たい手で触らないでくれる? 僕に風邪ひかせる気?」
「むしろ顔触られたくらいで風邪ひくほうが問題あり」


 言葉でに勝つことはできない。
 そう判断した少年はニヤリと笑んで、手入れの行き届いたの髪をひっぱった。


「恭弥、ひっぱらないでよ」


 このスズメ目ヒバリ科の鳥類め!
 そう罵ろうとした瞬間、の左頬にやわらかな感触が。
 いきなりのことに呆然とするを尻目に、恭弥は目蓋・額・右頬と順に口付けを続けた。
 最初こそパチパチと瞬きを繰り返しているだけのだったが、伊達に恭弥より年上ではない。
 そして、は負けず嫌いだった。

 最後の仕上げとばかりに恭弥は唇に触れようとする。
 しかし動いたのはのほうが先だった。
 恭弥の肩を押し、ベッドの上へ転がす。
 は恭弥の腹に跨り、顔を接近させた。


「おいたばっかりする子は咬み殺しちゃうぞ」


 満面の笑みを浮かべ、は勢いよく恭弥の鼻に咬みついた。


「……変なところに咬みつかないでくれる。と言うより、誰の真似」
「無敵で素敵な雲雀恭弥君の真似」
「……そう」
「そう」
「ところで、そろそろ退いて。重いんだけど」
「乙女に重いとは失礼だ」
「乙女って誰のことだろうね」
「そりゃ、君の前にいるプリチーなお姉さんでしょう」


 沈黙。
 恭弥は腹の上にいるを退かし、無言でベッドから窓際へ移動した。


「無視とは。また高度な技を使ってくるねー」
「これ以上話しても疲れるだけだから。それよりも」
「ん?」
の見たかったもの、見れるよ」


 見たかったもの。
 そのフレーズにある光景が思い浮かび、は素早い動作で窓際へ駆け寄った。
 が右側を、恭弥が左側のカーテンをほぼ同時にひく。
 金色の光が二人の顔にぶつかる。
 東の空から降った光は平凡な街をキラキラと輝かせている。


「綺麗……」


 は思わず呟いた。
 本来は朝が苦手だ。
 しかし今日という日だけは頑張って早起きした。
 すべては恭弥と朝陽を見るために。


「あんな迷信、まだ信じてるの」
「迷信じゃなくてジンクス!」
「同じじゃないか」
「違う」


 どこまでもロマンのない男だ。
 は心で毒づくが、気づいていた。
 なんだかんだ言ったって、けっきょくはただの縁かつぎであるこの行為に付き合ってくれる優しい男なのだと。

 だからこそ、はこのジンクスを成功させたかった。


「こんなことしたって意味ないと思うけど」
「どうして」


 お互いの誕生日のから数えてちょうど間の日。


「どうせ僕から離しはしないんだから」


 その日に二人っきりで朝陽を一緒に見ると、永遠に二人は結ばれる。


「恭弥……」
「なに」
「とりあえず、学校行く用意してきて」


 遅刻するよ! そう念を押せば、渋々ながらも身支度をしに部屋を出て行った。
 はベッドに身を沈める。
 そして恭弥の使っていた枕を抱きしめた。


「カッコよくなりすぎ……」


 コロン、と横に転がって、窓の外を眺める。
 東の空の朝焼けは、じわじわと空いっぱいに広がっていた。